唾液でず、血液も造れない
現代医学にもみくちゃにされ、自然治癒力重視に変えた

 

  1995年、世界の癌研究をリードしてきた米国で、OTA(米国技術評価局)は「癌撲滅のための公聴会」を開き、癌治療の現状を詳しく分析し、「進行した癌の場合、手術・抗癌剤・放射線などの現代治療は、命を延ばす効果は期待できない」との、事実上の敗北宣言ともいえる内容を議会に報告しました。
  この項では、「大学病院といえども、癌治療の困難さを物語る」記事を掲載しました。

 

治療と副作用が交互に−限りない闘病の日々

 
■ 抗癌剤の副作用身体がガタガタになる
  大串 明さん(48)は唾液が余り出ない。しばらく話しをすると口を開けて、缶入りの人口唾液をスプレーする。ヘモグロビンと白血球は健康人の3分の1、血小板は半分。慢性的な盆血状態で、手足が痺れる。いずれも、癌の最先端治療の後遺症だ。癌の第4期(最も進行した状態)である。
  正確には「悪性リンパ腫ホジキン病」という。2年近く、治療を受けた揚げく、大学病院から「治療続行不能」と言われた。
 
■ 私は今、癌を克服できる確信があります!
  大串さんは、妻と大学生の娘、小学校の息子の3人とともに、自宅で正月を迎えた。現在入院している埼玉県川越市の帯津三敬病院から年末・年始の一週間でけ帰宅が許可されたのでだった。治療は休めない。中心は郭林新気功といって、癌患者向けに中国で開発された気功である。
  「私は今、癌を克服できるという確信があります」と大串さんは自身に満ちた表情で言い諾い切った。「私の癌は、5年生存率が2割くらいなんです。現代医学にもみくちゃにされている人に比べたら、可能性は高いと思えますね」。
 
■ ホリスティック医学が徐々に効果を発揮
  帯津三敬病院はホリスティック医学を掲げている。人間を肉体・精神・霊性などからなる全体的なものととらえ、自然治癒力を重視し、西洋医学と東洋医学に、これまでばらばらだった民間療法を統合しょうとする医学だ。朝・昼・晩に気功をし、ビタミンC投与、丸山ワクチン、イメージ療法、薬浴などの治療をうける。午後はほとんどベットで横になっていたのが、昨年12月からは起きていられるようになった。
 
■ 腹部リンパ腫の放射線&抗癌剤治療の結果、肺炎に罹患した
  大串さんが夜、寝るときに背中に痛みを感じたのは3年前の秋だった。大学病院での検査で、左腹部に直径8aのリンパ腫が見つかり、即入院。「良性」といわれたが、放射線治療を始めたので、医師を問い詰めると、癌と分った。第3期だった。
  放射線治療は腹部へ35回ほど受けた。その後、抗癌剤の投与へ。2回目の投与後、薬害で肺炎を起こした。
 
■ 繰り返す抗癌剤と放射線治療でも癌はドンドン進行していた
  抗癌剤を投与すると、白血球が減る。落ちた免疫力を高めるため、白血球を増やす薬を使って、また抗癌剤を投与。だが、リンパ腫は大きくなっていた。胸にも腫瘍が見つかり、今度は胸部に30回ほどの放射せん治療を行った。突然、退院えお言い渡された。画像の上で腫瘍が消えているから、という説明だった。
 
■ 別の大学病院でも同様の治療、さらに腫瘍の転移が見つかる
  昨年4月、左首筋にしこりがあるのに気づき、別の大学病院にかけ込んだ。肩から首にかけて放射線治療を約30回。唾液が出なくなり、味覚が無くなった。後頭部の髪も抜け落ちた。肺と肝臓にリンパ腫の転移が見つかった。
  第4期に移っていた。放射線はすでに限界量まで浴びたので使えない。残るは抗癌剤の投与だが、1回目の投与後、赤血球や白血球が減り、増えなくなった。放射線の影響で、骨髄が血液を造れなくなってしまったのだ。
  現在の医療では、万策が尽きた。医師から「しばらく様子をみましょう」と言われ、退院した。癌と治療の後遺症でボロボロになった身体だけが残った。病院で、大串さんは死に関する本を読みあさった。四六時中、頭から「死」が離れなかった。だが、「どうせ死ぬのなら」とおもった時期から、余裕のようなものがでてきた。(中略)
  死の恐怖は全く消えたわけではない。しかし、大串さんが現代医療に戻ることはない。